わが子のペースで歩める道を探してみよう
●「働くか、家にいるか」だけが選択肢ではない
お子様の将来を考えるなかで、
「この先、どのように過ごしていけばいいのだろう」
「いつかは働けるようになってほしい」
「でも、いまの状態で無理をさせても大丈夫だろうか」
そんな迷いを抱えることはないでしょうか。
親御様だからこそ、お子様の将来を心配し、
「何とかしてあげたい」と考えることもあるでしょう。
でも、進む道は「働く」か「家で過ごす」かの
2つだけではありません。
地域に目を向けてみると、
その人の状態やペースに合わせて利用できる支援や、
社会とのつながりを少しずつ取り戻していける場所もあります。
大切なのは、
無理に大きな一歩を踏み出すことではなく、
いまのお子様に合った道を
一緒に探していくことではないでしょうか。
これからご紹介するのは、
息子さんの事故をきっかけに生活が大きく変わり、
家族だけで支えようとしていたおかあさまが、
地域の支援とつながることで
新たな道を見つけていったお話です。
●【挿話】「支援」という選択がもたらすもの
あの日から、息子の時間は止まったままだ。
25歳の春、健太は交通事故に遭った。
意識は戻ったものの、
しばらくして「高次脳機能障害」と診断された。
記憶が抜け落ちたり、
感情の起伏が激しくなったり…。
医師は
「脳のダメージで、性格や判断力が変わることがあります」
と静かに説明した。
退院して最初のころ、まだ健太は明るく、
「また働けるように、リハビリがんばるよ」
と言っていた。
でも数ヵ月後、少しずつ言葉数が減っていった。
思い通りにいかないフラストレーションが溜まり、
物を投げたり自分を責めたりすることもあった。
「なんで俺ばっかり、こんな目に遭うんだよ」
その言葉を聞いた夜、わたしは声を出して泣いた。
ある日、病院の相談員さんが言った。
「高次脳機能障害の方は、
記憶や感情の制御に難しさが残ることがあります。
でも、支援センターと地域リハビリをつなげば、
暮らしを支える体制がつくれますよ」
紹介されたのは、市の障害者地域支援センター。
職員の方が丁寧に話を聞いてくれた。
「健太さんは、就労よりも『日中活動』から始めましょう。
地域リハ施設や作業所と連携して、
無理なく続ける形がいいと思います」
わたしはほっとした。
これまで「働くか、家にいるか」の
二択しか考えていなかったが、
「その間にある場所」があることをはじめて知ったからだ。
数週間後、健太は週2回、
地域の作業所に通い始めた。
最初は行き渋っていたが、
帰ってくると少し笑顔が戻っていた。
「今日ね、ペンの組み立てをしたんだ」
「うまくできた?」
「うん、最初はダメだったけれど、最後のほうは慣れてきた」
その言葉に、胸がいっぱいになった。
いまもときどき、感情が爆発することがある。
でも、そのたびに支援員さんが電話をくれて、
「今日はこんな様子でした」
「次はこうしてみましょう」
と報告してくれる。
ひとりで抱え込んでいた頃より、
ずっと心が軽くなっている。
夜、わたしはノートを開いて書いた。
・健太:週2回の通所が定着。笑顔が増えた
・支援センターとの連携で安心感が増す
・「家庭+支援者」で生活が回るようになってきた
頼ることは、手放すことではない。
ともに生きる形を見つけることなんだな。
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