言葉にできなかった想いが、未来を動かし始める
●何気ないひと言から、親子の会話が始まる
お子様が部屋にこもる時間が長くなると、
「いま、何を考えているのだろう」
「将来のことを、どう思っているのだろう」
と、気になりながらも、なかなか聞けないことがあるでしょう。
将来について話そうとしても、
それがお子様の負担になってしまわないかと考え、
声をかけるのをためらうこともあるかもしれません。
でも、言葉にしていないからといって、
お子様のなかに何もないわけではありません。
「こんなふうに暮らせたらいい」
「こんな仕事ならやってみたい」
「本当は、こうしてほしい」
そんな想いを、心のなかに抱えていることもあります。
大切なのは、無理に答えを求めるのではなく、
ふとこぼれたひと言を受けとめること。
その小さな言葉が、お子様の気持ちを知り、
これからについて一緒に考えるきっかけになることがあります。
これからご紹介するのは、
3年間ほとんど自室から出ることのなかった息子が、
数行の言葉で自分の願いを伝え始めた、ある親子のお話です。
●【挿話】数行の言葉が「閉じこもりの時間」を溶かす
雨の午後。
部屋の外から聞こえるのは、雨粒が屋根を叩く音だけだった。
母の香織は、リビングで静かにノートを開いた。
タイトルは「将来設計ノート」。
支援センターで配られたもので、
まだ真っ白なページが続いている。
2階の部屋には、27歳の息子・海斗がいる。
高校卒業後、いくつかのアルバイトを転々としたが、
人間関係でつまずき、ここ3年ほどは自室からほとんど出てこない。
「また今日も、声をかけられなかったな…」
香織は心の中でつぶやいた。
昼過ぎ、スマートフォンに一通のLINEが届いた。
送り主は海斗だった。
「今日の夕飯、カレー?」
短い文面に、香織は思わず微笑んだ。
夕食のあと、食器を片付けていると、背後から静かな声がした。
「おかあさん、『将来設計ノート』って、何?」
振り返ると、海斗が立っていた。
「支援センターの人に勧められたの。将来のことを、ちょっとずつ書いておくノートよ」
「俺の将来なんて、書くことないよ」
「そう思うかもしれないけれど、『こうだったらいいな』って思うだけでもいいの」
少し間をおいて、海斗が言った。
「じゃあ、『怒られない世界で働きたい』って書いといて」
香織はゆっくりと笑いながら、ペンを走らせた。
<海斗の未来の願い>
・怒られない世界で働きたい
・無理せず、静かにできる仕事がいい
・ゲームみたいに、少しずつレベルアップしていける仕事
「あと、『誰も責めない家にしたい』も書いて」
「うん」
香織は、涙がこみ上げてきた。
海斗は話さない間も、きっとたくさんの思いを抱えていたのだ。
「…おかあさんも書いたら?」
「え?」
「おかあさんの未来」
香織はしばらく考えてから、ノートの隅に書いた。
<わたしの未来>
・海斗が笑ってご飯を食べている
・わたしも自分の時間を大切にしている
・「明日はきっと大丈夫」と思える日が増えている
海斗が小さく頷いた。
「それ、いいね」
その夜、2階の部屋の明かりが久しぶりに長く点いていた。
ノートに書かれた数行の言葉が、
「閉じこもりの時間」をそっと溶かしていくようだった。
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